西暦 |
和暦 |
年齢 |
出来事 |
1935年 |
昭和10年 |
0歳 |
1月31日愛媛県喜多郡大瀬村に生まれる
(現在、愛媛県喜多郡内子町大瀬)
父大江好太郎 母小石の三男
兄二人、姉二人、弟一人、妹一人、 7人きょうだいの5番目 |
1936年 |
昭和11年 |
1歳 |
1937年 |
昭和12年 |
2歳 |
1938年 |
昭和13年 |
3歳 |
1939年 |
昭和14年 |
4歳 |
1940年 |
昭和15年 |
5歳 |
1941年 |
昭和16年 |
6歳 |
大瀬国民学校に入学 |
1942年 |
昭和17年 |
7歳 |
1943年 |
昭和18年 |
8歳 |
1944年 |
昭和19年 |
9歳 |
1月祖母、11月父が亡くなる |
1945年 |
昭和20年 |
10歳 |
1946年 |
昭和21年 |
11歳 |
1947年 |
昭和22年 |
12歳 |
大瀬中学校に入学 |
1948年 |
昭和23年 |
13歳 |
1949年 |
昭和24年 |
14歳 |
1950年 |
昭和25年 |
15歳 |
愛媛県立内子高等学校に入学 |
1951年 |
昭和26年 |
16歳 |
愛媛県立東高等学校に転校
伊丹十三と知り合う |
1952年 |
昭和27年 |
17歳 |
1953年 |
昭和28年 |
18歳 |
高校卒業 東京の正修予備校に通う |
1954年 |
昭和29年 |
19歳 |
東京大学文科二類に入学 |
1955年 |
昭和30年 |
20歳 |
東大学内誌に短編小説「火山」発表 |
1956年 |
昭和31年 |
21歳 |
文学部フランス文学科に進む 渡辺一夫が主任教授 |
1957年 |
昭和32年 |
22歳 |
「奇妙な仕事」が『五月祭賞』を受賞し東京大学新聞に掲載される
「死者の奢り」「他人の足」「石膏マスク」「偽証の時」「動物倉庫」を次々と文芸誌に発表 |
1958年 |
昭和33年 |
23歳 |
3月初の短編集「死者の奢り」
6月単行本「芽むしり仔撃ち」刊行
7月「飼育」で第39回芥川賞受賞
10月短編集「見るまえに跳べ」刊行
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1959年 |
昭和34年 |
24歳 |
3月大学卒業 卒業論文『サルトルの小説におけるイメージについて』 |
1960年 |
昭和35年 |
25歳 |
2月 伊丹万作の長女、伊丹十三の妹池内ゆかりと結婚
5月 中国訪問
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1961年 |
昭和36年 |
26歳 |
1月 「政治少年死す」を発表後、右翼団体から脅迫を受ける |
1962年 |
昭和37年 |
27歳 |
1963年 |
昭和38年 |
28歳 |
6月 長男光誕生
夏 広島を訪問 医師重藤文夫と出会う |
1964年 |
昭和39年 |
29歳 |
3月 沖縄本島、石垣島を訪問
7月 米国訪問 |
1965年 |
昭和40年 |
30歳 |
11月 「個人的な体験」で新潮社文学賞受賞 |
1966年 |
昭和41年 |
31歳 |
1967年 |
昭和42年 |
32歳 |
7月 長女誕生
9月 「万延元年のフットボール」で谷崎潤一郎賞受賞 |
1968年 |
昭和43年 |
33歳 |
3月 オーストラリア訪問
7月 「個人的な体験」英訳出版 アメリカ訪問 |
1969年 |
昭和44年 |
34歳 |
11月 AA作家会議出席のためインド、タイ、シンガポール訪問 |
1970年 |
昭和45年 |
35歳 |
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1971年 |
昭和46年 |
36歳 |
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1972年 |
昭和47年 |
37歳 |
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1973年 |
昭和48年 |
38歳 |
11月 AA作家会議出席のためカザフ・ソビエト社会主義共和国訪問
12月 「洪水はわが魂に及び」で野間文芸賞受賞 |
1974年 |
昭和49年 |
39歳 |
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1975年 |
昭和50年 |
40歳 |
5月 恩師渡辺一夫死去
金芝河の釈放を求めた48時間ハンストに参加 |
1976年 |
昭和51年 |
41歳 |
3月から7月までメキシコ国立大学コレヒオ・デ・メヒコの客員教授を務める
バルガス・リョサ、ファン・ルルフォらと知り合う |
1977年 |
昭和52年 |
42歳 |
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1978年 |
昭和53年 |
43歳 |
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1979年 |
昭和54年 |
44歳 |
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1980年 |
昭和55年 |
45歳 |
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1981年 |
昭和56年 |
46歳 |
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1982年 |
昭和57年 |
47歳 |
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1983年 |
昭和58年 |
48歳 |
2月 「雨の木」を聴く女たち」で第34回読売文学賞を受賞
10月 「新しい人よ眼ざめよ」で第10回大佛次郎賞受賞 |
1984年 |
昭和59年 |
49歳 |
6月 「河馬に噛まれる」で第11回川端康成賞受賞
11月 中国ウイグル自治区訪問
12月 季刊誌「へるめす」編集同人になる |
1985年 |
昭和60年 |
50歳 |
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1986年 |
昭和61年 |
51歳 |
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1987年 |
昭和62年 |
52歳 |
2月 モスクワ訪問
5月 パリ訪問 |
1988年 |
昭和63年 |
53歳 |
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1989年 |
平成1年 |
54歳 |
4月 日本ペンクラブ副会長に選出される
10月 ユーロパリア賞受賞
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1990年 |
平成2年 |
55歳 |
6月「人生の親戚」伊藤整文学賞受賞
10月 ドイツ訪問 ギュンター・グラスと公開対談を行う |
1991年 |
平成3年 |
56歳 |
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1992年 |
平成4年 |
57歳 |
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1993年 |
平成5年 |
58歳 |
10月 「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」でイタリアのノンデッロ賞受賞 |
1994年 |
平成6年 |
59歳 |
10月 ノーベル文学賞受賞 |
1995年 |
平成7年 |
60歳 |
9月 伊丹十三監督映画「静かな生活」公開 |
1996年 |
平成8年 |
61歳 |
2月 武満徹死去
6月 イタリアのグリンザーネ・カブール賞受賞
8月 プリンストン大学客員講師としてアメリカに滞在 |
1997年 |
平成9年 |
62歳 |
1月 アメリカ芸術アカデミー外国人名誉会員に選ばれる
12月 母小石死去 伊丹十三自殺 |
1998年 |
平成10年 |
63歳 |
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1999年 |
平成11年 |
64歳 |
11月 ドイツベルリン自由大学で連続講座 |
2000年 |
平成12年 |
65歳 |
6月 アメリカ・ハーバード大学名誉博士号を受賞 |
2001年 |
平成13年 |
66歳 |
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2002年 |
平成14年 |
67歳 |
フランス政府よりレジオン・ゴヌール勲章コマンドールを受賞 |
2003年 |
平成15年 |
68歳 |
2004年 |
平成16年 |
69歳 |
6月 「九条の会」結成 |
2005年 |
平成17年 |
70歳 |
8月 「沖縄戦裁判」始まる |
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2006年 |
平成18年 |
71歳 |
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2007年 |
平成19年 |
72歳 |
5月 大江健三郎賞第1回発表
長嶋有 「夕子ちゃんの近道」 |
2008年 |
平成20年 |
73歳 |
5月 大江健三郎賞第2回発表 岡田利規
岡田利規 「わたしたちに許されたな時間の終わり」 |
2009年 |
平成21年 |
74歳 |
5月 大江健三郎賞第3回発表
安藤礼二 「光の曼荼羅 日本文学論」 |
2010年 |
平成22年 |
75歳 |
5月 大江健三郎賞第4回発表
中村文則 「掏摸」 |
2011年 |
平成23年 |
76歳 |
5月 大江健三郎賞第5回発表
星野智幸「俺俺」 |
2012年 |
平成24年 |
77歳 |
5月 大江健三郎賞第6回発表
綿谷りさ 「かわいそうだね?」 |
2013年 |
平成25年 |
78歳 |
5月 大江健三郎賞第7回発表
本谷有希子 「嵐のピクニック」 |
2014年 |
平成26年 |
79歳 |
5月 大江健三郎賞第8回発表
岩城けい 「さようなら、オレンジ」
8月「大江健三郎自選短篇」 |
2015年 |
平成27年 |
80歳 |
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2016年 |
平成28年 |
81歳 |
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2017年 |
平成29年 |
82歳 |
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2018年 |
平成30年 |
83歳 |
7月 大江健三郎全小説 刊行開始 |
2019年 |
令和元年 |
84歳 |
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2020年 |
令和2年 |
85歳 |
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